あの日のこと
ブログを読ませていただくと乳がんに罹患された方が多い。
かくいうわたくし、乳ガン経験者です。
もう30数年も前の事。
三十代後半の出来事でした。
3月20の手術。
つらくて苦しくて術後の定期検診も嫌でした。
今だってお風呂の時に自分の体を見て あの時 のことを思い出します。
私は0期でした、しかも乳管内の非浸潤型の癌でした。
母が六十代で乳ガンでした。
親戚に一人もいないのに。
手術にあたってわかった事は、同病でも分かり合えないということ。
母は5人の子を生んで育てて、女としての事業をやり遂げた人。
胸の一つや二つ取ったって生きていれば良い
私、未婚。
結婚もしないうちに胸が一つ無くなるなんて…
これからの人生を生きていく自信がなくなりました。
そして術後の腕の腫れ
リンパ郭清をしたために5年間腕が腫れました。
辛い思い出です。
カムカムエブリボディを見ていたらるいが錠一郎に額の傷を見せるシーンがありますが
私は夫と付き合っていた頃、夫は道外から2カ月に一度私に会いに来ていました。
その時夫が宿泊していたホテルは屋外と屋内に温水プールがあるところで、夫はプールで遊ぼうよと言うのです。
水着を持って会いに行きましたが
問題は私の背中の傷。
術後2年で私は胸の再建手術を受けましたが生理食塩水を入れたバッグを胸にいれるのでは無く自分の肉で胸を再建しました。
背中を37センチも切って背中の肉で再建しました。
そのため背中に大きな傷があるのです。
水着は傷を隠す様なデザインの物を選びましたが、動けばズレてみえると思います。
でも私は思いました、隠していてもしょうがない
相手が気持ち悪いと思って去っていってもそれはそれでいい と。
夫は私よりかなり年下ですし、付き合っていても先は別れかもしれない。
プールで遊んで夫と別れて自宅に戻った後
夫から電話がありました。
何気ない話の後、私の傷跡気持ち悪く無かった?
いや別になんとも無かったよ
と言う返事。
カムカムエブリボディを見ていてあの日の事が鮮やかに思いだされました。
夫のあの時の一言 忘れません。
そして私が言いたいのはやはり胸を失うことより命を優先する事が大事ということです。
乳ガンは生命維持に関係しない器官のため比較的予後のいいガンです
胸が一つなくなっても私は私、貴女は貴女で変わりはないのですから。
再建手術は母に反対されましたが自分で選びました。
何より自分の気持ちを立て直したかった。
どちらかと言うと胸よりリンパ郭清による脇の下の凹みが酷く、友達と温泉に行くことも躊躇われました。
再建が良かったかどうかはわかりませんが気持ちの立て直しにはなりました。
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